さて、長く苦しい受験勉強の末、俺はZ高校に進学した。X学院にも合格し、そちらの方が家から近かったが、俺はZ高校を選んだ。世間的なブランド力はZ高校と、附属の進学先であるZ大学の方が高いと判断したからだ。そんな中、親友のあいつもZ高校に進学すると聞いた。聞くに、X学院とY実業は不合格だったらしい。期末考査ではなかなか勝てなかったが、将来を見据えず努力を軽んじた結果はこういうところで効いてくるものだ。やはり、努力を怠らなかった人間が最後には勝つのだ。何れにせよ、Z高校への進学は即ちZ大学への切符も入手したに等しいのだ。俺は何としても、Z大学の法学部法律学科へ進学したかった。そして司法試験に合格し、弁護士になる。世の中には、俺のようにこの世の不条理によって理不尽な目に遭っている奴らが沢山居る筈だ。俺はそんな奴らを救いたいし、間違いは間違いであることを主張し、あの吉井のように口で言っても通じない相手であれば法の力で制裁を加える、そういう人間でありたいのだ。正義を主張することは何もおかしなことではない、しかしその正義を破ることを「イカしてる」などと捉える愚か者が一定数存在するのも事実だ。そういう連中を中学時代に幾度となく見てきた。考えれば分かるだろう。「イカしてる」からと言って、未成年が法を侵して飲酒したり、煙草を吸ったり、淫行に耽ったりすることが正しいと思うのか。校則だってそうだ。あの吉井やその取り巻きのように、格好良いという理由だけでYシャツを出したり、第二ボタンを開襟したり、黒や赤の肌着を下に着用したり、授業中に騒いだりすることが認められるべきだと思うのか。聡明な人間であればどう振る舞うのが正しいか、結論は自明の筈だ。しかし悲しいかな、その吉井や取り巻きが女子に持て囃されて、ちゃっかり淫らな行為に手を染めている。そう、中学時代に性行為を済ませた連中といえば、俺の知る限りでは吉井と取り巻きにいた連中が大半だった。人数で言えば四、五人か。そういう奴らだけが陽の目を見るようなこの風潮自体が間違っているわけだが、その間違いを主張すると叩かれる構図こそ邪悪なのだ。そんな風潮を変える為に、俺は力を得なくてはならないし、法学部法律学科に進学して司法試験に合格することでその力を得られると確信していた。
あいつとは、入学したばかりの時に、少し口を聞いたことがある。あくまでも父親には秘密裏であったが。Z高校は一学年七百人も居る巨大な学校で、右も左も初対面ばかりで不安があった中、面識のある人間が一人居るだけでも心強かったので、入学当初は少しの間言葉を交わしたことがあった。何を話したかはあまり記憶していない。結局、あいつとは高校三年の夏まで顔をつけ合わせることもなかった。クラスが離れていたから、そもそも顔を見る機会もなかったし、他クラスの合同授業でも一緒になることは一度もなかった。高校三年の夏休み、俺から連絡を取ってあいつと地元の喫茶店で話をした。親父の教えの間違いに気がついた俺は、忠告を破ってあいつと話そうと試みたのだ。Z高校では、きっと俺と同じような志を持った連中が多々集まってくる、刺激的な空間であろうと信じていた。だが、それは違っていた。その実は、大して中学時代と大差のない連中だということが分かった。俺は、Z高校を卒業するまでの間、同級生から苛めを受けていた。高校二年と三年の二年間は酷いものだった。Z高校では、高校二年と三年ではクラス替えがない。即ち、高校二年から三年までの間は、クラスの面子が変わることがなく、二年間同じ仲間と共に学習するのである。
「あの安原って奴、一年の頃の文化祭でおかしな格好をしてナンパしてたぜ」
「ああ、俺の部活で出していた店にズカズカ入り込んできて、まじキモかった」
「あいつ、高一の最初の頃だけサッカー部に居たけど、クソみたいに下手だから苛めて辞めさせた」
身に覚えのない誹りが学校中に蔓延していた。俺はサッカー部に入部なんかしていないし、ましてや高校を卒業するまでの三年間、母親以外の女性に話し掛けたこともないし、Z高校の文化祭なんか、一年の頃は独りぼっちで過ごして、出席だけ取ってすぐ帰宅していた。それくらい、俺にとって居場所の無い空間だった。二年と三年に至っては文化祭に出席してすらいない。どういうことか分かるだろうか。Z高校の男たちも所詮、女に飢えた者の集いであるということ、そして、Z高校に於いて女を手にする人物とは一部の体育会系の連中か不良のどちらかであるといことだ。ここまで書けばもう分かるだろう、中学と差して変わらない水準だということが。そう、Z高校も結局、中学と変わらぬ程度に低俗というわけだ。Z大学創始者の本なんか碌すっぽ読んでもいない白痴の吹き溜まりだ。サッカー部の件にせよ文化祭の件にせよ、事実無根の噂話が流布される程度に低俗な世界線だ。文化祭には、各地の女子高から女の子がうじゃうじゃ集まっていたが、彼女たちが靡くのも決まって体育会系か不良の連中という意味では、その女の子も同様に愚かだったのである。彼らは、Zブランドだけは手に入れておいて、その実成績不振な奴も居たし、素行の悪い奴も散見された。体育の授業でこの俺を罵倒することだって中学の時から変わっていない。俺に言わせれば奴らも吉井と同類のようなものだ。そして女の子にしたって、将来弁護士になる俺とどちらを選ぶべきか、冷静に考えれば分かるところを分かろうともしないで、容易く連中についていくときたものだから万死に値する。更に、あろうことか連中は、俺に関する根も葉もない出鱈目を吹聴して俺を貶めようとしている。仮にもZ高校でこんな荒唐無稽があってたまるか。高校二年の夏頃、怒りが頂点に達した俺は担任と生活指導教諭に訴え出た。真っ赤な嘘っぱちを学校中に垂れ流されて困惑していること、体育でボールを取れなかっただけで「死ね」などと罵倒してくること、このほかにもカビの生えた雑巾をロッカーに入れられたこと、消しゴムのカスを机の上に散乱させられたことなども打ち明かしてやった。笑ってしまうかもしれないが、本当にあった話だ。こんな小学生じみた嫌がらせが、この名門と言われるZ高校にも存在するのだ。Z高校の恥と言うべきこの愚行を教員に知らしめ、然るべき措置を取ってもらおうと考えた。前述した通り、口で言っても通じない相手ならこちらも手段を講じて然るべきである。奴らは吉井と同等だから、口で抵抗したとしても聞く耳を持たないだろうし、下手したら手が飛んでくるかもしれない。それを鑑みれば、最初から教員を巻き込む方が得策である。言っておくが、俺を「チクリ魔」と指摘するなら、そいつは自らが白痴であることを証明しているだろう。間違っているのは奴らだからだ。奴らを制裁するために教員に相談するのは賢明な判断と言うべきである。教員から直々に罰を下してもらうのが最も合理的と確信している。
(続く)
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