手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男と作法 手弱男と作法(宮田涼介)

小説
手弱男(たおやお)と作法 – 宮田涼介

【梗概】
横浜市日ノ出町の古びたアパートで、私の親友である安原涼太が何者かに絞殺された。涼太は、昼間は大企業のエリート会社員でありながら、夜は女装をして、横浜の路地裏で男相手に売春を行っていた。同性愛者でもトランスジェンダーでもないのに、一日四人をノルマに、不特定多数の男性と、時には二千円という安価で性交渉を行っていた涼太は、世間から好奇の目に晒されることとなる。

涼太は生前、神奈川県逗子市で私と同居していた。私の手元には、彼が絶命する直前に自らの心境を綴った手記がある。彼は何故、どのような思いで男性ばかりを標的に売春を行ったのか。そこにはおぞましい程の、涼太の叫びが綴られていた……。

【本作について】
ぼくが何か思索をする時、苦痛なことや逆境に対する偏愛が自分の中で疼いているのを感じます。過酷なもの、窮地、困難……これらを乗り越えるのでなく、これらから逃げるわけでもなく、可能な限り知的に探究し、偏愛するということです。そうすることで日常と対峙し、生きていたいのでしょう……。
思索する中で書物を通読し、物書き、映像作家、哲学思考の皆さん等々、良き仲間との出会いにも恵まれました。そうして、澱のように沈殿した自らの痛み、或いはニヒリズムを吐露したい欲望は日増しに強まるばかりです。
過去を振り返るに、幼い頃から自分の性別について考え、歳を重ねるにつれて自分の境遇について考え、ここ十年ばかり生きることや社会のことをずっと考えていました。答えを全て出し切ったわけではありませんが——そもそも一生のうちに出し切れるかさえ定かでは無いのですが——途中経過だとしても、この世界に頽落し尽くして埋没するその前に、ただ生きていく為だけに、自らの生命を燃やす為だけに、公開してみます。

【著者について】
宮田涼介
1989年5月13日生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。会社員、音楽家(主に環境音楽、ピアノ等)、映像作家。
2011年頃から電子音楽を制作し、現在に至るまで国内外で作品を発表。楽曲・BGM提供、劇伴、リミックスなども行う。
2021年から映像表現に関心を持ち、映像作品制作を開始。2022年の逗子アートフェスティバルにて初の映像作品となる「海は見ていた」を上映。「ドローン変造コンテスト with 逗子ドローンクラブ」にて「PUNISHMENT」が審査員賞を受賞。
2025年、本作にて執筆活動を開始する。
HP: https://ryosuke-miyata.com/
X: https://x.com/miyata_desu_

手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.39 – 宮田涼介

——私と涼太は一人だった。途中で二つに分かれたのだ。 あの手記に描かれていたもの。それは、誰よりも益荒男になりたかった一人の手弱男が、その自尊心を少しずつ抉られ、横浜の路地で崩壊するまでの顛末であった。私は、かつてあれ程に野心家であった青年...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.38 – 宮田涼介

「ご無沙汰しております、母です。十数年振りの連絡になりますが、お元気ですか。あなたにお伝えしたいことがあるので、今日はメールをお送りしています。私の母、つまりあなたにとってのおばあちゃんが先日亡くなりました。九十六歳で、死因は老衰です。通夜...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.37 – 宮田涼介

——ただ殺される前に、あたしは遺したい。あたしが生きたことを。いつ殺されてもおかしくない一人の人間が、何を思索したのか。あたしという人間が、何に苦悩し、何に復讐したか。 あたしはふらつく足で階段を降り、足を引き摺りながら蘆花記念公園に辿り着...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.36 – 宮田涼介

翌朝六時、あたしは逗子海岸に居た。いつもの終電で逗子に向かい、自宅には向かわず、化粧も落とさず、その足で逗子海岸に向かい夜を明かした。今日の風は強く、向かい風だ。凍えそうなほど冷たい。そんな中でも水平線に向かってラジオ体操に励む人々。その傍...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.35 – 宮田涼介

——あなたが寂しそうだったから。あなたはずっと孤独で、苦しそうに見えたから。何かを抱えて、助けを求めているように見えたから。何を抱えているのか知りたかったから「あんた、あいつらにはちゃんと連絡してくれた?」その後あたしは、先日メモを手渡した...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.34 – 宮田涼介

——あたしって変な人でしょう。頭おかしいと思うでしょう。 案の定、空はまた朝に立ち戻った。夜が明けて、結局大して睡眠も取れぬまま、律儀なあたしは翌朝にはいつもの電車で出社する。しかし、ここのところ疲労が超えているのか寝坊も多く、出発時刻の間...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.33 – 宮田涼介

——あたしはあたしの人生を取り戻して、今このように破滅に向かっている。「あたしを犯せ!」これがあたしの奥の手だ。男を跪かせるべくあたしが編み出した方法だ。こいつを享楽の沼に陥れることで、あたしはまた一つ勝ち上がるのだ。「馬鹿じゃないのか、良...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.32 – 宮田涼介

——このあたしを見よ。煤けた身体の気高いあたしを見よ。かくも美しく散らんとする、この儚い灯火を見よ。 残り少ない珈琲を飲み干し、幾分身体は温まり、家に戻る気力を取り戻す。あたしは席を立ち、店から出ようとした。「あの、お客さん、お食事代を払っ...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.31 – 宮田涼介

——男であるあたしが宿命的に抱えざるを得なかった惨めさを。それを有りふれた不幸として汲み取れなかったあたし自身の愚かさを。「あの、大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」どれくらい佇んでいたのだろう。気がつけば既に空は青みがかっていた。ラジ...
手弱男と作法(宮田涼介)

手弱男(たおやお)と作法 vol.30 – 宮田涼介

——結局のところ、あたしはあたしという個物が許せないのだ。 その日の夜の京浜急行終電、逗子・葉山行き。電車の揺れに耐えられず、あたしの身体は不意に蹌踉めく。半分ずれたウィッグを気にも留めず、朦朧とする意識の中でも唇だけは真っ赤に染め上げる。...