
第二章 オロロンの家
作:NYO
ドアベルの音が、カラリンコローンと鳴る。
優一「ホラー!あったがね。なあ!ホラァ。見えたけんねー」
武志「こんなモン、いつからあったかいね?」
耕一「あー…『オロロンの家』って、書いてあったなあ?」
惣吉「ああ」
耕一「オロロン食わしてくれるかいねー?」
武志「そんなモンなあ、今さら食わされてもなあ」
俊坊「っていうか、もう食えんけんね、食いたくても」
俊坊、皆に怖い顔でたしなめられる。
耕一「まあ…今さら食わされてもなあ。いやー、わからん。東京モンかいのう?」
武志「こんなの作ってもなあ、誰も来らんけどねえ」
耕一「(展示物読む)あー?『オロロンは、水の綺麗な所にしか住みません』…知っちょうわ!」
俊坊「知っちょうわ!」
全員「わはははははは!」
女「ああ、いらっしゃいませー!」
男達、「おった!本当におった!」と驚く。女、優一の顔をじーっと見る。
優一「あ…晩じまして」
女「あ、ば…ばんじまして!喫茶のご利用ですか?」
優一「まあ、ええ」
女「すごくいい所ですよねー!」
武志「なんも無いですけどね。…ここは、何の…何のお店ですか?」
女「(かわいくディフォルメ化されたオロロンがプリントされたポストカードを配って)ハイ。ハイ。えーと、NPO法人『オロロンの家』っていいます。オロロンを保護する為にですね、東京のメンバーと話し合って拠点を…。カフェなら人も集まりやすいですし…」
惣吉「まあ、でも、アレは、そげん進んで保護せんでも…」
俊坊「今更、守ってどげすうだやって話だけんなあ」
女「ここにしか居ないんですよ、オロロンは」
男達「(気まずい様子)…まあまあまあまあ」
女「あの、ちょっと小耳にはさんだんですけど…この辺りの人って、秘密でオロロンを食べてるってホントですか?」
男達「あははははは!」
俊坊「秘密じゃないけんねえ」
女「え、こ、公然と食べてるんですか?天然記念物ですよ!?」
武志「あのねえ、そんなに美味しくはないけどね、クセになーわね」
女「え…」
武志「美味しくない!美味しくないけど、クセになーわね」
女「いやあ!やめて!やめてください!」
男達、女のあまりの恐がりぶりに引いてしまう。間。
武志「…え、あ…」
俊坊「あの、そげん恐がらんでも」
耕一「あんた取って食おうってわけじゃないけん」
女「え?…あ…すいません」
優一「さあ…じゃあこの辺でオロロンの話は終いにして…注文しようか」
男達、打ち切るように「だな」とか「オロロンはお終い!」とか言って、強制的に話を中断する。
俊坊「そげだなあ、オレ、カプチーノ」
女「カプチーノ。ハイ。かしこまりました」
惣吉、鼻を鳴らす。
俊坊「何かいな!お前!」
惣吉「なんか、聞き慣れんこと言っちょるけんよ」
耕一「オレ、じゃあ、キャラメルマキアート」
女「キャラメルマキアートですね。かしこまりました」
惣吉「へっへ。そげしたら、オレは、この『フェラペチーノ』(良い発音)ってのもらおうかいね」
女「『フラペチーノ』ですね」
優一「おべたわ。下ネタ言ったかと思ったがね…」
惣吉「…何言っちょーかや?オメエ」
武志「じゃあ、俺もフェラぺチーノで」
優一「俺も」
女「(軽く笑って)少々お待ちくださーい」
女、引っ込む。
武志「わっかい女じゃのう!」
優一「ああ、おべたな」
耕一「しかし、まずいな」
惣吉「何がかね?」
耕一「オロロンだわね」
武志「あー、保護しに来たって?」
俊坊「(武志に)武さん、ちょっと喋りすぎだわね!」
武志「そげかな?」
優一「もうおらんけんね、この村にオロロンなんて」
耕一「もとはといえば農協が全部悪いけん」
惣吉「高い肥料売りつけやがってな…」
俊坊「じゃあ自然にバレるまで、敢えて俺たちの方からオロロンに触れるのはやめましょうよ」
優一「うん、そげだな」
俊坊「あの女と深くかかわーのもやめーか」
優一「ああ」
武志「そげだけど」
耕一「あ?」
武志「ちょっとカワイかったが?若かったしのう」
男達、「うーん」と悩む。女、「お待たせしましたー」と言って、飲み物を持って戻ってくる。無言で飲み物を飲み続ける男達。
女「あの」
男達「はい!」
女「帰らなくて大丈夫なんですか?」
俊坊「え?」
女「いえ、いまごはん時でしょ?奥さんとか子供さんとか待ってないのかなぁと思って」
惣吉「え…ああ、ハハ…」
武志「みんな独りもんだけん」
女「え…皆さん全員?」
耕一「そう」
女「へえ」
耕一「気持ち悪いかね?」
女「いえ、そんな」
耕一「嘘つかんでいいわね」
惣吉「あからさまに引いとったけんな」
俊坊「若い女はみんな都会に行ってしまうけんな」
武志「このままだと何十年後かにはこの村、人っ子一人おらんくなるな」
惣吉「ハハ…その前に人手不足でよぉ、農業が出来んくなるけん」
男達、虚ろに笑う。
女「お手伝いしましょうか?私も村の一員になるからには…」
武志「え…?」
女「あ、ご挨拶遅れてましたね。アスミっていいます。こないだ住民票も移してきました」
武志「え…じゃあ?」
優一「ここに住むかね?」
アスミ「はい」
男達、歓声を上げて大いに盛り上がる。
俊坊「アスミちゃん、彼氏おるかね?」
アスミ「今、フリーです」
男達「おー!」
武志「ひょっとしてですけど…農家に嫁に来る気とかは?」
アスミ「良いご縁があれば」
男達「おー!」
優一「でも、このあたり四十がらみの男しかおらんけんなぁ」
惣吉「っていうか、俺達しかおらんけん」
男達、自虐的に笑う。
アスミ「あたしも今年三十ですから、いいんじゃないですか?十くらいの年の差」
男達「ホント!?」
アスミ「いえ…まあ、良いご縁があれば」
武志「ウチに…ウチに嫁に来てごすだわ!」
アスミ「え?」
俊坊「武志!おめえ、彼女おるがね!」
武志「顔もわからん女より、アスミちゃんのがいいわね!」
耕一「よし、じゃあ自己紹介も兼ねてマンツーマンでアピールタイムってのはどげかね?」
優一「村コンじゃないけんね」
アスミ「あの…」
耕一「まあ、遊びですから、自己紹介も兼ねた。じゃ、取り敢えず一番若い俊坊から行くか!」
優一「三十九だけどな」
男達「あはははは!」
耕一「じゃ行くだわね、俊!」
俊坊「えー…っと、あの…ども!あのー、俊ですー。アレですう、林業ですう。よろしくーお願いしますう」
惣吉・優一・耕一・武志「あはははははは!」
耕一「カワイコぶっとーな、お前!(笑)じゃあ、わしな。…えっと、えー、そこの、上の畑で梨作っとーます。とっても甘くて瑞々しいので…一緒に、食べてください!」
武志「かったいなー」
耕一「そげかのう?そげかのう?」
武志「そげに堅い自己紹介だと、オメエんとこの梨みたいだがね」
惣吉「じゃ、優ちゃんだわ。優ちゃんだわね」
優一「えー、村の向こうの方で米を作っとります、優一です。ウチのカアチャンは嫁が来たら、優しくすると言っとおますけん、嫁姑もね、仲良くして、ね…嫁に来てごすだわ!お願いします!」
全員拍手。
武志「さすが優しい優ちゃん!」
俊坊「『優しい』と書いて『優一』だけんね」
惣吉「…あ、オレ?あー、えーっとなあ、おらーなあ…」
耕一「一杯やった方がいいんじゃないかね?ビールあるかいね?」
アスミ「あ…中ビンが。(店の奥へ入ろうとする)」
耕一「あ、いいけんいいけん…俊坊、取ってくーだわ」
アスミ「いえ、私が」
惣吉「いや、あんた行ってしまったら話にならんけん。ほれ、俊」
俊坊「わかったわね」
俊坊、袖へと下がる。
惣吉「さ、じゃ俺の番だけんね。…オレはまあ、トマト作っとる農家だわ。美味いけん、いっぺん食いにきてごすだわ?な?な?」
武志「みんなアレだ。作っとるモンばっか言って、自分らのことちっとも話さんがね」
武志以外の男達、「シャイだけん」「農家だけん」等、抗議。
耕一「じゃあ、武志、やってみーだわね」
武志「じゃあ、ベシッ!とキメてやるけん。オレは今まで、何でもベシッ!とキメてきたけんね」
武志以外、「わかったけん」とか、「早くやるだわね」とか武志をけしかける。
武志「(ひっくり返った声で)しょ、消防団の班長やっとります!武志っていいます。あの、消防団で『操法』しとーます。『操法』っていうのは、消防団が、全国の消防団が、イヤ、全国の消防団がいっぺんに全部集まーと大変なんで、あの、その地区ごとの消防団がおって、その中の地区ごとの分団が…」
惣吉「大丈夫だけん!もう大丈夫だけん」
武志「伝わったかいね?」
惣吉「伝わった!伝わったわね!」
耕一「じゃあ、気持ちを伝え終わったところで、アスミちゃんからのお返事タイムいってみるかいね!」
男達、一斉に拍手。
アスミ「NHKスペシャルでオロロン特集を見て、住むならこの村だぁって引っ越してきた伊藤アスミです!私は今日皆さんと会ったばかりで、付き合うとか付き合わないとか、結婚するとかしないとか考えられませんが、十ぐらいの年の差はアリだと思ってます」
男達、歓声と拍手。
アスミ「あと、私はオロロンが好きなので、オロロンが好きな人と付き合いたいと思ってます。オロロン、好きな人!」
男達、「は、はーい」と手を上げる。
アスミ「ありがとうございます!あと残念ながら、私、この村に来てから一度もオロロンと会ったことがありません。オロロンと会わせてくれた方のこと、好きになっちゃうかも(笑)どなたか、私とオロロンを会わせて下さる方、おりませんか?」
男達、「…は、はーい」と手を上げる。
アスミ「ありがとう!楽しみにしてますね!」
俊坊「アスミちゃん、アスミちゃん」
アスミ「はい」
俊坊「ビールって、これ?(瓶を出す)」
アスミ「はい、オロロンビール」
男達「なにそれ…」
アスミ「作ろうと思うんです、地ビール。今はラベルだけ」
武志「筋金入りだわ」
優一「会えるといいね、オロロン」
アスミ「はい!」
男達「そして、翌朝!」
惣吉以外、退場。「蜂部惣ちゃんトマト」の段ボール箱を抱えた惣吉、カラリンコローンとドアベルを鳴らして『オロロンの家』に入って来る。
惣吉「あー…アスミちゃーん、惣ちゃんトマト持って来たけん!…アレ?あ?…アスミちゃーん。…おーい!…もしもーし!」
アスミ 「(水質検査キットを持って袖から登場)すいませーん、ちょっとお店あけちゃってて。どうしても水質検査がしたくて」
惣吉「はあ、水質検査」
アスミ「そうなんですよ。オロロンが棲める環境になってるのかどうか確かめたくて…。なんか、全然見かけないじゃないですか、オロロン」
惣吉「うん…でも…まあ、探しゃ結構おると思うけどね。まあ…多分」
アスミ「そうですかあ?ちょっと気になるんですよ、用水路のリン分と窒素分が高くて…」
ドアベル。耕一が店に入ってくる。
耕一「アスミちゃーん!梨、持ってきちゃったわー!」
三人鉢合せ。
惣吉「あ!」
耕一「あ!お、お前!風邪でお神楽の稽古休むって…」
惣吉「(わざとらしく咳き込み)…か…風邪も引いとるわね…。なんかいね!お前ぇだって、今日は用事があるって言っとったがね!」
耕一「なくなったわね!」
アスミ「まあまあ…。お二人とも、何か飲んで行かれますか?」
耕一「そ、そげかね?そげするかね?そげするか?」
惣吉「うん。じゃあ、なんか飲んでくかいね」
舞台の段差に腰かけ、喫茶店の体。
アスミ「何飲まれます?」
耕一「えー…抹茶オーレ」
惣吉「んー…きゃ…キャラメルマキアート」
アスミ「はい。かしこまりました」
アスミ、店の奥へと消える。
耕一「(店を見廻して)オロロンなあ…古い写真ばっかりだが」
惣吉「ま、新しい写真なんて、撮れんけんね」
アスミ、飲み物を持って現れる。
アスミ「お待たせしましたー」
惣吉「おーおー、早いね」
耕一「…じゃあ、いただきます」
アスミ「ハイ!」
二人、飲む。
耕一・惣吉「あー」
アスミ「それにしても、私、思ったんですけど…オロロンの写真って古いのしかないんですよね」
惣吉「大体、使われる写真なんて決まっとるけん」
アスミ「私、まだこの村に来て一度も見てないんですけど…。これはもう、相当に数が減ってきていると考えて…」
惣吉「そ、そげだねえ。数は減っとるかもしれんなあ」
耕一「オレが…小学…五年生くらいまではよく見たけんね」
惣吉「仙石先生来たわね」
アスミ「ホントですか?」
耕一「おうおう。だけん、あの頃はまだ探せばおったってことだよなあ。(ハッと気づいて)今だっておるけん!今だっておるけん!」
惣吉「おうおう!今だっておるけん!ちょっと前…沼で…見たけんね」
アスミ「沼ですかぁ…。でも…あの、一番大きい一番ポピュラーな黒オロロンは用水路に多いって聞いたんですけど…」
惣吉・耕一「うーん…」
アスミ「私、沼に行きます!」
耕一「いやいや、素人が沼とか入ったら危ないけん。やめてごすだわ」
惣吉「沼をナメたらいけんよ」
アスミ「でも、わたし、オロロンに逢いたいんです!」
惣吉「…いやあ、まあ、気持ちはわかーけども。なあ」
アスミ「慣れた人と一緒に行けばいいんですよね?慣れた人…誰か居るかしら?」
静かに手を挙げる惣吉。
耕一「お、お前、何いっちょうかや!」
アスミ「惣吉さん、行ってくれます?」
惣吉「沼の事なら、まかしとくだわ!」
アスミ「行きましょう!行きましょう!じゃあ、仕度しなくちゃ!」
アスミ、嬉しそうに袖へと入っていく。
耕一「…お前…だらくそだなあ。(小声で)本当に沼でオロロン見たかね?」
惣吉「いや…影を見たわね…あはは」
耕一「影?」
惣吉「あ…これオロロンじゃね?っていうくらいの…影なら。(急に落ち込み)…つい勢いで言ってしまったわね」
耕一「そのうちバレるがね」
惣吉「(小声で)なんやかんやオロロンの話してやりゃあ、きっと満足するわね」
耕一「わかったわね。俺も一緒にいっちゃるわ、そしたら」
惣吉「それは違かろう」
耕一「俺、沼は詳しいけんね。アスミちゃーん!俺も行くけんね!」
惣吉「あ、お前ぇ!アスミちゃーん!俺と行ってごすだわ!」
惣吉と耕一、アスミの捌けた下手袖へと退場。


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