
第1章 氷河期と革命軍
作:NYO
ワタクシ、駒潟ドゼウハ思フノデアリマス。
アマネク人類ニ安ラカナル死ヲ与ヘルコト、
其レコソガ、氷河期ノ我々ニ唯一残サレタ仕事デアリマス。
自分の声が革命軍のキャンプに響き渡り、俺はそのたびに笑いそうになる。
こんな講談みたいな古臭い演説の何がいいのか。
老人ヨ、朽チユク肉体ガモタラス苦痛ニ耐ヘル勿レ。
アラ還ノ非正規諸君ヨ、長年オノレヲ虐ゲタ、
無情ナル社会ニサヨナラヲ告グベシ。
ああ、眠い・・・。
こんな朝っぱらから、政見放送なんぞを興奮して聞いてる連中が憎い。
底辺の労働者が通勤電車に揺られるこの時間、同志諸君は俺の声を聴くことで奮い立つらしい。型落ちのスマホでネットラジオを聞きながら、上級国民への怒りを燃やしていた当時の自分を思い出すんだと。
二〇三五年、合法ナル戦ヒハ此処ニ終ハル。
港湾ノ倉庫ニハ、救世ノ毒薬堆ク積マレリ。
コレヲ奪取シ、人民ニ供スルコトコソ
我ガ党ノ使命ト心得ベシ。
立テ、アラ還。立テヨ非正規・・・
昨日は盛り上がったんだ。気だるくも甘美な朝を迎えたっつうのに、まったく・・・。
聞きたくもない自分の声で起こされるなんて最悪だ。
隣で寝ていたアケミが目を覚ます。
素っ裸だから寒いんだろう。二人で分け合っていた毛布を奪い取り、寝返りを打ってスマキになった。五十代のたるんだ裸が露わになり、俺は我ながらうんざりする。そして、日が昇りきらない早朝の寒さを恨んだ。
俺は身震いして「やりやがったな」と毛布を奪還しにかかる。キャッキャと笑いながらアケミはうつ伏せになって防衛戦の構えだ。
演説は続く。二人とも聞いちゃいない。
2035年、日本の高齢者人口は史上最大となり、老人一人を支える現役世代は二人以下となった。数年前から年金の額は大幅にカットされ、老人たちはこれじゃ生きていけないと嘆いたものだったが、もっと深刻なのは中年だった。好景気を経験した老人たちの多くはそれなりの預貯金を持っている。しかし、就職してから不景気しか経験していない五十代はほとんど貯蓄を持たない者も多かった。
その上、人口のボリュームゾーンである彼らが高齢者になる頃、年金の額はさらに絞られるはずだった。若者の人口減少は止まらない。そのうえ、医療の発達で百歳を越えるご長寿老人も珍しくなくなった。高齢者の数に対して、それを養うべき現役世代の数は圧倒的に足りない。氷河期世代と呼ばれた五十代の経済的受難は二十年後も終わらず、文字通り生きていけなくなる者も大量に出現するだろう。
将来を悲観した彼らは何に救いを求めたか。それは『死』だった。
2032年、『医療及び経済的終末期における尊厳死に関する法律(通称・尊厳死法)』が成立。事態を打開する妙案もなく、税収も先細る一方の政府には、苦しむ国民を楽に死なせてやるくらいしかしてやれることはなかった。いや、お荷物の老人と氷河期世代が自ら死んでくれるというなら、政府としては大歓迎だっただろう。これで医療費や福祉費を大幅に圧縮できるはずだった。
『満50歳以上の国民は、苦しまずに死ぬ権利を有する』
この法律を裏付けるのが、救世の毒薬と呼ばれる一粒のカプセル剤だった。服薬した者は数十秒で意識を喪失し、その後、数十分をかけて心肺停止に至る。一切の苦痛を感ぜずあの世に旅立てる理想的な尊厳死薬だった。
だが、先進的過ぎるこの法律は、道徳家ぶった世界の人々から猛烈な批判を受けた。政府は法律の実施を無期限で延期。各自治体に配布されていた毒薬は回収され、港湾の倉庫に押し込められたまま廃棄を待っていた。
毒薬の配布を待ちわびていた氷河期たちは大いに絶望。そして、実力を以ってこれを奪い返そうという者はひとつの結社の旗のもとに集った。
それこそが『希死の会』だ。
立ち上がった氷河期たちは彼らの指導のもとに革命軍を組織し、毒薬の大部分が保管されている大黒埠頭へと迫った。
スマキになったアケミをベッドに残し、俺は軍服を身に着ける。そして、支給されたレーションなどには目もくれず、好物のクロワッサンに分厚くバターを塗って食いついた。
革命軍総帥ともなればこんな朝メシを食うこともできる。末端の同志諸君にとっては、今やパンひとつでも高級品だ。
物価高に格差拡大。底辺の購買力は地に落ち、そうした人々が次々と革命に身を投じている。希死の会の党員数は、いまや天井知らずで増大を続けていた。
天幕を出て、革命軍のキャンプを視察する。
闘士たちが隊列をなし、腕章を着けた指揮官が読み上げる党是を復唱していた。
革命戦士タルモノハ、死ヲ希フ者ノタメニ死スベシ。
独リ、己ノ死ヲノミ願フコト勿レ。
俺が考えた下らんお題目を、頼みもしないのに必死に憶え、唱え、感動し・・・。
まったく馬鹿というか、哀れというか。
隊列の横を白けながら通り過ぎた俺の後ろに、ぞろぞろと党幹部たちが従う。
そのうち一人が、気怠そうな幹部たちの集団を抜け出し俺にすり寄って耳打ちした。
「裏切り者がいるようです」
無感情な声。事務的で心地いい。
俺を勝手に祭り上げ、話しかければ目を潤ませて、握手をすれば嗚咽する。
そんな、エモーショナルな連中はもうウンザリだ。
彼は金で雇ったエージェントで、俺に対する忠誠心なんてまったくない。立場的には党幹部のひとりだが、味方を監視することも彼の任務。要するにスパイだ。
「作戦が政府側に筒抜けになっているようで。党幹部の監視を強めておりましたが、今のところメンバーの誰かが反革命とコンタクトを取った形跡は認められず・・・」
当然だよ。俺が裏切ってるんだから。
不機嫌を装いながら、俺は心の中で嘲笑った。
革命なんぞ1ミリだって進めてやるか。


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