
第2章 総帥の栄光と不安
作:NYO
結局、臨時委員会は深夜にまで及び、親衛隊の指揮権はロレンスが、新山下軍管区は和尚が引き継ぐことに決した。和尚の担当していた鶴見軍管区の港湾地区以外は、扇島軍管区と合わせてマオさんが引き受けることとなった。
党の二大派閥をさらに肥え太らせることになってしまったが、彼らのパワーバランスを考慮した場合にはこれが正解なのだろう。
新山下軍管区は、革命軍の総帥である俺に直属する体裁にはなっていたが、実際に軍の指揮にあたっていたのはオースギだった。鶴見軍管区は和尚が、扇島軍管区はマオさんが担当して、これら三軍が大黒埠頭への陸上輸送路を遮断。ロレンスが川崎市街を、ジュスティヌとシゲノブは横浜市街を担当し、治安と兵站が維持されるよう目を光らせていた。
俺は全革命軍の指揮権を握っていたが、彼らに担がれていなれば無力と言っていい。
「俺に逆らえば、他の軍団に寄ってたかって叩き潰されてしまう」という状況を常日頃から作っていることが重要で、中世の王様や殿様なんかと変わらない立場である。
実権を握っていない総帥というのは情けないが、敢えてそうしたのは七里ヶ浜の老人に止められていたからだ。俺が指揮した軍が敗北でも喫すれば、失敗の責任を問われかねない。求心力の低下から、革命軍が解体してしまうことも起こり得るからだそうで。
党と俺に忠実なオースギは、革命軍の勢力均衡を保つのにそれなりの役割を果たしていた。ヤツの代わりに、俺の直隷下の新山下を取り仕切るのが和尚となる。自信家で小賢しくて、肚の知れないヤツだ。扱いにくいことこのうえない。
とはいえ、忠実だと思われていたオースギも裏切っていたのだから。幹部たちの勢力均衡による相互監視も、上手くいっていたのは表面上に過ぎなかったのかもしれない。
オースギの首に掛けられていた端末には、幹部自衛官より届いたメッセージが残されていた。例えば一番最近のものだと、大黒埠頭を警備する艦艇の配置転換を知らせてきている。オースギは新山下の対岸に自衛隊の艦船が移動してくることを予め知っており、大黒埠頭への上陸作戦を断念せざるを得ない状況を自ら作っていたのだ。
どうやら、ヤツも本音は俺と同じだったらしい。
あくびを噛み殺しながら、俺はオースギの心中を慮る。革命の英雄たり得ているのは氷河期の旗印となっている今だけで、演説が得意なだけの人格破綻者など救世の毒薬を取り返したらお払い箱となるだろう。
それを予感していたのだとしたら、俺とヤツは真の意味での同志となれたはずだ。
お互い本音のところでは、自分の得にもならない革命の成就など願い下げだったのだから。腹を割って話し合えば、良い協力者になれたかもしれなかった。
まあ、しかし・・・俺を裏切ったことは許せんがな。
こちらの思惑通りに動いてくれる、数少ない駒のひとつだと思っていたのに。少なくともヤツの忠誠心は信じていたが、まんまと欺かれた。
自分の裏切りは棚に上げて、俺は心の中で毒づく。
はぁ、それにしても・・・どうせ死ぬなら、明日以降にしてくれりゃ良かったのにな。朝早く叩き起こされて、眠くてしょうがないって日にどうして臨時の党中央委員会なんて開かにゃならんのだ・・・。
マオさんと和尚の間で交わされていた長い長い利権交渉がひと段落ついて、会議は最終段階に向かっていた。
「さて、あとはオースギ同志の死を、どう世間に発表するかだな・・・」
マオさんの発議にジュスティヌが応える。
「革命に殉じたということにするのが一番キレイなんですけどね。その・・・死に方が死に方ですから・・・」
「裏切りを悔やんでの自決ということで、包み隠さず公表しては?」とロレンス。
「妙に隠しまわるのは、それ自体がリスクになりかねません」
和尚がそれに反論する。
「そう真っ正直じゃいかんよ。党中央委員に裏切者がいたというだけでも、兵たちの士気に響くからね。我が軍は政府に対する怒りでまとまっているんだ。その矛先をこちらに向けるべきじゃない」
「最悪、統制がとれなくなって誰も我々の言うことを聞かなくなるな」とマオさん。
「軍も党も、バラバラになるかもしれないぞ」
ジュスティヌが、俺に問いかける。
「オースギ同志の遺体を検分されたのは駒潟同志ということですけれど、彼が裏切っていたという情報は我々以外には・・・?」
ポケットにしまっていたオースギのスマホをテーブルに放り投げ、俺はジュスティヌの問いに答えた。
「それは心配ない。俺のほかに遺体を目にしたのは親衛隊と衛生兵しかいないからな。秘匿携帯は俺が回収してきたし、これを目にした兵士たちにはただのスマホにしか見えていなかったはずだ。内部に記録されていたメッセージは自分の天幕に戻って確認したから他者の目にはいっさい触れていない」
スマホを拾い上げたロレンスが、それをいじりながら問いかける。
「しかし、よくパスコードを解除できましたね」
「大杉栄の誕生日だよ」
「はは、情報セキュリティのセの字もないな」
「ああ、ヤツがデジタル音痴で助かった」
「しかし、このスマホが自衛隊の端末だなんてよく分かりましたね」
「メッセージのやり取りを見たら一目瞭然だよ。『自衛隊端末』だの『秘匿携帯』だの出てくる出てくる・・・」
嘘だった。オースギの天幕で発見するなりすぐに気付いたさ。俺が七里ヶ浜の老人と通信していたのも全く同じ機種の自衛隊端末だったから。
「ですけど、そもそも本当に自殺なのかしら。直前までご一緒してましたけど、オースギ同志に自殺しそうな素振りなんて少しも・・・」
ジュスティヌは言いよどみ、紅茶をひと口含む。皆が沈黙し、彼らの意識が俺に集中するのが分かった。粛清を疑っているんだろう。
「確かに、俺が粛清したと考えることもできるだろうな。ヤツの裏切りを、俺が事前に知っていたという限りにおいてだが」
オースギの悪辣な所業を思い出し、俺は目を細める。
「あいつは殺されても仕方ないヤツだったよ。役に立つ男ではあったがね。他殺だとしても、俺のほかにも殺す動機のあるやつは大勢いるはずだ」
和尚が仰々しく咳払いした。
自分の賢さをひけらかそうとするときに、決まってするルーティーンだ。
「この際、自殺でも他殺でもどちらでもいいじゃないか。いずれ、駒潟同志が彼を粛清したという噂が立つのは避けられない」
そうだろうな。どの道、俺は疑われる運命だ。
「そこで、どうだろう?オースギ同志が日本政府に暗殺されたと発表するというのは。政府は否定するだろうし、国民も党員も我々の発表を疑うことだろうが。それでいいじゃないか」
ジュスティヌが深くうなずく。
「なるほど・・・政府の暗殺なのであれば革命に殉じたとしても問題ないわね」
和尚はエンジンがかかってきたのか、立ち上がって畳みかけるように話し続ける。
「粛清だと信じる者は駒潟同志を大いに畏怖することだろう。軍は今まで以上に統制しやすくなる。要は信じたいように信じればいいのだ。オースギ同志の殉死を信じる者は、その志を継いでいっそう革命に邁進するはずだ」
あーあ、ついに来たか。革命軍の総帥なんかをやってりゃ、いつかこういうこともあるとは思っていたが。俺に殺人の容疑者を引き受けろってことね。
ま・・・仕方ない。革命軍がバラバラになるリスクは避けるべきだろう。
「そのあたりが落としどころだろうな。じゃあ、シゲノブ同志もそれでいいかね?」
俺が発言を促すと、シゲノブは黙ってうなずいた。


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