
第三章 なにがしか大きなもの
作:NYO
そして、アケミは俺の私設秘書の立場に収まった。実にベタな展開だ。彼女は秘書らしい仕事など少しもしない。誰もが俺の愛人だということを認知していたし、彼女もそれを隠そうとしなかった。上司の愛人なんて同僚に嫌われそうなもんだが、そういうこともなかったように思う。
人に嫌われないってのは大きな長所だ。彼女はざっくばらんで愛想がよい。そこに好感を持った者も少なからずいた。だが、それは彼女の魅力の一部に過ぎない。
アケミは気が利いた。それこそ、彼女が好感を持たれた最大の理由だ。事務所の雰囲気が険悪になりそうなときはバカのふりをして笑わせる。皆が俺の悪口大会をしている時には率先してそれに加わって、俺のしくじりエピソードを捻じ込んだ。場の雰囲気は明るくなるし、ガス抜きにもなる。そのうえ俺のイメージは親しみやすいものとなり、最終的に仕事もやりやすくなった。
当時、入党したての和尚などは、事務所ではしゃぐ彼女を見て明らかに侮蔑の表情を浮かべていた。そして、アケミが若いということも気に入らなかったのだろう、あの言葉をつぶやいたのだ。
「ゆとりが・・・」
この時から、俺は和尚という人間が大嫌いになった。お前は何もわかってない。
事務所にいる時の彼女は、仕事していないように見えて人間関係の潤滑油としては完璧だったと思う。遅刻するタイミングさえ計算しているのではないかと思ったほどだ。つまり、彼女は役に立っていた。
アケミのことを、金とステータスだけが目当てのビッチみたいに思っていた俺を殴ってやりたい。自分に与えられた優遇に釣り合うだけの対価を返してくれる彼女は、まさにプロの愛人なのだ。
あとから聞いた話だが、彼女はとても貧しい環境で育ったそうだ。日本の不況は長引き失われた半世紀になんなんとしている。経済格差は固定され、貧者は必死に努力しても中間層に這い上がることすら難しい状況だ。そんななか、アケミは自分の美貌を活かして社会の上層に浮かび上がる機会をうかがっていたのだ。札束とステータスを目当てに、俺に近づいた彼女の打算を誰が責められようか。
アケミは絶望的な不況下を生き延びるため、外見だけでなく内面まで磨いてきたのだ。それを思うだけで俺は涙腺が緩みそうになる。今だってテントの外では、ロレンスの訪問が政治的な意味を持たないよう、兵士らに愚痴でもこぼしてくれているに違いないのだ。彼女には、もっと贅沢をさせてやらねばならい。
そのためにも、俺は生き残らにゃならん。失脚することも許されん。俺はロレンスに向き合い、いつになく真剣に状況の報告を促す。
何があろうと、絶対に革命を頓挫させてみせるぞ。
が、そんな決意など知る由もないロレンスは、常のごとく冷静に会話の口火を切った。
「まず、オースギの裏切りを見逃したこと、心より謝罪します」
確かに、ヤツの裏切りを見抜けず、みすみす死なせてしまったことは手痛い。拘束して締め上げれば、誰が裏切っていて、誰が本気で革命を進めようとしているのか、そうした情報を聞き出せたかもしれなかった。
だが・・・俺は敢えて笑みを作る。
「いいさ、君はよくやっているよ」
彼には、担当の軍管区である川崎市街の治安維持を優先してもらっている。革命軍の財務経理にしたって相当に忙しいはずだ。片手間で頼んでいる幹部連中の内偵が進んでいなくたって、軽率に彼を責めることはできない。信用できる有能な手駒を敵にまわすなんて実に愚かなことじゃないか。
まあ、そもそもが法外に安くしてもらっているコンサル契約だ。それに党と革命軍を裏切っているのは俺も同じなので、ほどほどいい加減なほうが却ってありがたい。


コメント