
第三章 なにがしか大きなもの
作:NYO
その晩は、ロレンスが俺の天幕を訪れた。
今後の相談とのことだったが、アケミとコトに及ぼうとしていたまさにその時だったので、取り繕うのに少しパニックになった。二人とも無理して平静を装ったが、観察眼の鋭いロレンスのことだ。何をしようとしていたかなどお見通しだったかもしれない。
アケミはロレンスに「おひさー」と手を振る。「おひさー」ってだいぶ古い言い回しの気がするが、昭和レトロが流行るようになってから今の若い子も割と普通に使う。
ロレンスも、パソコンを開きながら親しげに微笑む。この二人は、俺の事務所で秘書として働いていたから元同僚ってことになる。今でも仲がいいらしい。
「さて、そしたら私は消えるから。ごゆっくりー」
そう言って、アケミはテントから出て行った。
党幹部たちと政治やら革命やらの話をするとき、アケミにはいつも席を外してもらっていた。聞かれちゃマズいこともあるし、聞いてしまったら危険なこともある。議員事務所でもロレンスに相談事をする場合には必ずアケミを追い出していたので、あの青年秘書は駒潟の男色の相手なんじゃないか・・・なんて噂されたこともあった。
俺も積極的には否定しなかったので半ば公然の事実のようになっているが、俺に男色の気はない。ロレンスもバリバリのヘテロだ。そのことはアケミもよく知っている。
この噂のおかげで、ロレンスが足繫く俺のテントに通っても誰ひとり不自然に思わないし、彼があの若さで党幹部にまで出世できたのは、駒潟の依怙贔屓もあるのだと皆が納得してくれる。ロレンスと俺の真の協力関係を覆い隠す、都合のいい隠れ蓑というわけだ。
しかも、アケミはこの噂が真実であるかのような言動を、部屋の外で振りまいてくれていた。「彼氏が来たから追い出されちゃった」とか「男同士の秘密なんだって。何の話をしてるのかしらね」とか、公然の愛人がボヤくわけだ。
これが周囲に、ロレンスと俺の関係を誤認させる決定打になった。まったく気の利く女だ。顔も体も良い。若いのにオヤジを嫌がらない。職業愛人の鑑というやつだな。
アケミとは党を立ち上げたばかりの頃、後援者が主催した出版記念パーティで知り合った。前作の『希死の世紀』がバカ売れしたこともあって、本作にも期待がかかる。会場となったホテルの大広間は、出版関係者、マスコミ、政財界人、セレブリティでごった返しイモ洗い状態もいいところ。名刺を持って殺到してくるガリガリ亡者どもに嫌気がさして控室に逃げ込んだ俺に、酔い覚ましのソフトドリンクを差し出してくれたイベントコンパニオン、それがアケミだった。
先生の熱烈ファンだという彼女。立場を利用した下品なナンパだと自覚しつつも、パーティ後にバーラウンジで待ち合わせる。そして、まんまと一夜をともにした。
ところが事後に話してみると、俺の著作についてまるで知らないことに気づく。知っているのは『駒潟どぜう』というペンネームと、とにかくお金持ちだということ。その二つだけだった。物書きとしての俺に興味なんぞこれっぽっちもないらしい。
まあ、そんな気もしていたが・・・。しかし、呆れるかというとそんなこともない。こういうステータスと金満ラグジュアリーを求める女性がいるおかげで、俺は人生で初めて『モテる』という状態を味わうことができたんだから。
贅沢させてほしい。そしたら愛人になる。
アケミは俺に馬乗りになって、直截かつ無駄のない提案を投げかけてきた。
彼女のような野心ある女性たちに敬意を表しつつ、俺の理性は警鐘を鳴らす。一時の誘惑に負けてはダメだ。この手の女はあとで苦労させられるぞ。
控室まで追っかけてきて酔い覚ましのグラスを差し出してくれたのも、一夜をともにしたのも恐らく確信犯だ。そのうえ、俺の愛人に立候補してくるというベタな展開。
だが、情けないことに俺は頷いてしまった。理由は簡単で、彼女とのセックスがとても気持ち良かったのだ。彼女の技巧が優れていたのかといわれれば、取り立ててそんなこともなかった。札束を握ってからは、性的技巧に優れたプロフェッショナルにお相手頂いたことも一度ならずある。しかし、そうした快楽とはまた別種のものがたるんだ中年の身体を満たしていた。相性がいいってのは、こういうことを言うんだな。


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