
第1章 氷河期と革命軍
作:NYO
ひときわ大きな天幕に入る。暖房の効きは悪いが建物の中よりずっと快適だ。革命軍の司令部が置かれた新山下は、陸自に横浜火力発電所を押さえられた影響で電力供給が不安定になっていた。
港湾の倉庫から分捕った大型テントは、太陽光で発電できるうえ蓄電池とエアコンを備えている。幹部連中の居住用や作戦用に設置された天幕は全部これだ。
天幕の中央に長机があり、俺は躊躇せず上座に座る。すると幹部たち六人も簡素なパイプ椅子に着座した。
「これより、党中央委員会を開催する」
俺がしかつめらしく宣言すると、彼らはマーブル柄のカプセル剤が描かれた手帳を形式的に掲げた。これこそ尊厳死を求める我ら希死の会の旗印、『救世の毒薬』徽章だ。
毒薬を彩るマーブル柄は、他の薬剤との混同を避けるために政府主催の有識者会議が決めたデザインらしい。そして、このユニークなデザインが反政府組織にとって格好の旗印となってしまった。実に皮肉だ。
「渡海作戦の状況はどうなっとるね?オースギ同志」
俺が尋ねると、オースギは眉間にしわを寄せる。
「突撃のための漁船は沖に集めたんだけどね。こっちの動きを察知されたのか、昨晩から対岸に自衛隊艦艇が集まり始めててさ。こりゃ実施は難しいかもしれないね」
このオッサン、弁は立つが実戦はからきしだ。味方の進軍を停滞させたいときはオースギに前線指揮を任せるに限る。
額の禿げあがったマオさんが口を開く。
「海自に待ち受けられてちゃ、作戦どころじゃないな」
ロレンスが事務的な調子でそれに応じる。
「まあ、拿捕じゃすまないでしょうね。自衛隊も最近は優しくない」
「二月蜂起に成功して、大黒埠頭に迫ったまでは良かったんだけどね」
そう呟きながら、ジュスティヌは紅茶を口に運んだ。
「ベイブリッジ、つばさ橋、大黒大橋は爆破された。5号大黒線は横浜発電所を守る陸自ががっつり封鎖してる。つまり、島には船で渡るしかない」
法衣に身を包んだ和尚が、卓上に広げられた地図をのぞき込んで唸る。
「まさか政府がここまで周到に準備しているとはな。ボヤボヤ対岸で足踏みしているうちに、海自は島を囲む防衛線を構築しつつある」
和尚の発言に被せるように、マオさんが口を挟む。
「兵糧攻めにしたらどうだ?」
幹部たちの視線がマオさんに集まる。
「横浜発電所に燃料を送ってるパイプラインを止めちまうんだよ」
脂ぎった額をテカらせながら、マオさんは得意げに笑う。
「二度と使えないように、いっそ爆破しちまってもいいかもな。自衛隊の兵站は大黒埠頭に置かれている。埠頭の電力は横浜火力で賄ってるから、こいつをやられたら相当苦しいはずだ。東扇島の水素基地はこっちが押さえてるから・・・」
マオさんは策士のつもりでいるようだが、いつも少し抜けている。
「救世の毒薬をダメにするつもりか。保管している倉庫の電源が落ちたら、温度も湿度も保てなくなって、俺たちは革命の目的を失うことになる。向こうもそれを承知で大黒埠頭に兵站を置いてるんだ」
和尚は眉間にしわを寄せながら、地図上の大黒埠頭と倉庫群を指さした。
「シゲノブ同志はどうだね?何か意見は?」
地図を広げた卓の対面に座る年若い女性に、俺は声をかける。
党中央委員会が開催される際には、必ずしなければならない儀式だ。
党のアイドルを蔑ろにしたとあっては、革命軍の結束は保てなくなるだろう。下手をすれば俺の命を狙う者すら現れかねない。表情には乏しいが端正な顔立ちをした、このシゲノブ同志の発言権は確保されねばならないのだ。
「あ・・・えっと・・・私は・・・」
そう言ったっきり、シゲノブはしゃべらなくなった。これもいつものことだ。
「ゆとりが・・・」
和尚が聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく。
俺はこいつのこういうところがキライだ。どんだけ賢いか知らないが、和尚は若い世代を見下している。で、彼らを侮蔑するときによく使う言葉がこの『ゆとり』だ。
『ゆとり』ってのは『ゆとり世代』のことで、質量ともに難易度を落としたカリキュラムで教育された人々のことをいう。概ね今の三十代くらいはこの世代だが、シゲノブはそれよりもずっと若い。なのに『ゆとり』呼ばわりは理解に苦しむ。
だが要するに、和尚にとって若者は例外なく愚かで『ゆとり』なんだろう。
しかし、和尚が毒づきたくなる気持ちも分からないではない。
シゲノブは可愛いだけのお飾りだからだ。党中央の求心力を高めるために幹部の地位を与えられているに過ぎない。実力ある幹部たちからすれば、なぜ自分がこんな小娘と同列に扱われねばならないのだろうと不満を覚えるのも頷ける。
お飾りなのだから、明確な革命への意思などあろうはずはない。委員会で自分から発言した試しはなく、しゃべってもすぐに口ごもり、最後はだんまり。頭の回転が速い人間ほど横にいてイライラする手合いではないだろうか。
まあ、事態の進展も後退も望まない俺にとっては非常に好都合なのだが。
米軍と海自の主力は台湾有事にかかりきり。陸自と海自の一部は国内に残っているが、政府は一般国民と見分けのつかない末端の革命兵士を傷つけたくない。つまり、こちらが作戦行動をとらないうちは、革命軍の脅威になるものは今のところない状況だ。
俺は党中央委員会の解散を命じる。
眠そうな表情で席を離れる幹部たち。ヤツらも二度寝するんだろう。俺もアケミの待つ簡易ベッドへと舞い戻るべく、あくびを嚙み殺して立ち上がった。
フルチンのオースギの首吊り死体が発見されたのは、その一時間後のことだ。


コメント