
第三章 なにがしか大きなもの
作:NYO
ロレンスがこちらにパソコンのディスプレイを向ける。二月蜂起からこちら、実施された作戦ごと、部隊ごとの兵の死傷者数が整然とエクセルシートに並んでいる。
「ここを見てください」と、ロレンスがある作戦のセルを示した。
「大黒埠頭包囲作戦です。ここからずっと、異常に死傷者数が少ない」
なるほど、確かにそうだ。二月蜂起から関東圏に人々が殺到する過程では、どの部隊でもそれなりの死傷者を出している。なのに大黒埠頭包囲作戦から以降は、大隊規模が投入された作戦でも死傷者数が二桁に止まっている。
革命軍が大黒埠頭を包囲してからの傾向で、こちらの攻撃を見越して自衛隊が部隊を配しており、作戦を断念するケースが増えてきたことが反映した数字らしい。
「指揮官クラス以上に敵と通じ合っている者がいる。その証左ではないでしょうか」
「つまり、そいつがオースギだってことか?」
「彼だけが敵と通じていたのではないのかもしれませんが・・・大黒埠頭への上陸を内側から阻んでいた大きな要因であることは確かでしょう」
「ヤツは本気で戦う気などなく、出来レースをしていたってことだな」
「幹部連中が妙な行動をとらぬよう目を光らせていたつもりだったのですが・・・私の落ち度ですね」
そう自分を責めるな、ロレンス同志。俺は心の中でつぶやく。
オースギが大黒埠頭上陸を遅滞させることは、むしろ俺の本意なんだから。
「まあ、いずれ終わったことだ。オースギに関して重要な問題はもうそこじゃない」
そう、俺にとってより重要なのはヤツの死因だ。自殺か・・・あるいは他殺か・・・。
他殺だとしたら、革命軍を裏切っていたオースギを何者かが誅殺した可能性がある。ならば、俺の裏切りを嗅ぎつけられる前にそいつを見つけ出し、幹部を殺害した罪で処刑のひとつもしてやらねばなるまい。
衆人の前で犯人を罰することができれば、俺の殺人容疑も晴れるってもんだ。
「君はどっちだと思うね?自殺か、他殺かってことさ。幹部が裏切り、誰かがそれを誅殺した・・・なんてことになれば由々しき事態だ。革命軍のなかに分断が生じてるってことだからね」
ロレンスは少し考えこみ、そして答えた。
「他殺じゃないでしょうか」
「根拠を聞こうか」
「オースギの秘匿端末を調べましたが、トークアプリには作戦に関する情報のやり取りなどは一切残されていませんでした。つまり、そうした情報は通話でやり取りしていたのだと思います」
「ほう、そいつはなぜだ?」
「相手も味方を裏切っているわけですから、自分が誰か特定されそうな情報は極力残したくなかったのかもしれません」
「オースギ経由の情報漏洩を警戒してたってことか」
「そうだと思います。秘匿携帯のパスワードを大杉栄の誕生日にする人ですからね。何らかのアクシデントでトークアプリの内容が知れても大丈夫なように、重要な記録はテキストとして残らないようにしていたんでしょう。で、ここからが重要なんですが・・・」
ロレンスは再びパソコンに向かい、デスクトップ上のJPEGを開く。すると、細長い短冊状の画像が表示された。オースギが残したトークアプリの通信記録のようだ。
「ほら、トークの末尾が通話で終わっているんです。党中央委員会のちょうど直後に」
・・・本当だ。確かに、委員会の終わったすぐあとの時刻に通話履歴がある。
「つまり、彼は死ぬ直前に、自衛隊の誰かとコンタクトを取ろうとしているんです」
「ほう、なるほどな。これから死のうとしているヤツが、裏切りの相談するしか用のない相手に電話なんかかけるかってことか」
「ええ、ですから恐らく彼の死は他殺によるものだと・・・。しかも、これは明らかに裏切りに対する誅殺です」
「何でそんなことがわかる?確かに、やつはフルチンに剝かれてはいたが・・・」
「単純なことですよ。あまりにキレイなんです、スマホが」
「どういうことだ?」
「首から下げられた秘匿端末は、オースギの胸元にぶら下がっていましたが、彼の吐瀉物をいっさい浴びていなかった。違いますか?」
「ああ、確かに言われてみればそうだったかな。でも、あの場にいなかったお前に何でそんなことが分かるんだ?」
「秘匿端末を手に取った瞬間に気づきました。スマホケースやボディの細かな溝、スピーカーやらマイクの穴に、胃の内容物が少しも詰まっていないんです。ストラップにも染みひとつない。オースギがよほど空き腹でもなければ、少しは痕跡が残るはずだと思うのですがね。まあ、それに・・・」
ロレンスが俺の目を見て微笑む。
「あなたが手ずから持ち帰ろうと思うくらいですから、そう酷い状態ではなかったんだろうと、そう思いました」
さすが秘書だ。俺の性格をよく分かってる。
中年男のゲロをかぶったスマホなんて、ビニール手袋越しでも触りたくない。少しでも飛沫の飛んだ形跡でも見つけようものなら、衛生兵に回収させ、クリーニングさせたうえで俺の天幕まで運ばせただろう。
「つまり、秘匿端末はオースギが死んだあと、誰かが首に下げたんです」
さすがだよ、ロレンス君。
こりゃ他殺だ。間違いない。


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