
第1章 氷河期と革命軍
作:NYO
ディレクターに指定されたカフェに入る。いま流行りの女給カフェだ。ちなみに、女給カフェはメイド喫茶の看板を掛け替えただけの店が多い。ホールスタッフの女性たちも、今は高齢化して四十代がメインのようだ。
俺が煽り立てた昭和レトロの雰囲気に浮かされて、時代錯誤の革命家が雨後のタケノコのように大量発生していた。ここにも、そういう手合いがあふれ返っている。マルクスを愛読し、鎮痛剤でフラフラになりながら女給相手に理想社会がどうのこうのと管を巻く、そんな連中だ。
店の奥から近づいてきて握手を求める者があった。
「あなたが駒潟さん?思った通りの貧乏文士だ」
初対面の相手に無礼なヤツだ。そう思ったが、俺は曖昧に笑顔を返す。
これがオースギとの初めての出会いだ。
「おいおい、今をときめく駒潟くんに何てこと言うんだよ」
オースギの隣に並んで立ったのは、これが俺を呼んだ例のディレクターだ。
「人気相応に懐も暖かいはずさ。金と名声ってのは昔からセットだからね」
ディレクターは馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「ただ、何を着ても安物に見えるんだよな。貧乏が染みついちまってさ」
二人は無遠慮に笑う。あー、不愉快な奴らだ。仕事相手じゃなきゃ殴ってやりたい。
と、ベルベットのカーテンで仕切られた席から顔を出して手を振る男がいる。
この顔には覚えがあった。よく国会中継で見かける男だ。首相を相手に重箱の隅をつっつくような質問をして、得々とニヤけている野党議員。禿げあがった額が特徴的で一度見たら忘れられない。こいつが後にマオさんを名乗ることになる。
カーテンの裏に俺を招き入れたディレクターは、仕事の話などには1ミリも触れず、今国会で法案が提出された尊厳死に関する法律と、救世の毒薬について語り始めた。
マオさんは極左政党の実力者とのことで、近年の与党不人気と氷河期世代の厭世気分を追い風にした新党旗揚げを狙っていた。
その旗手として、社会的弱者に爆発的な人気を誇る俺の名前が挙がったというのだ。
あーあ、またか・・・。このディレクターは気分次第であっちこっち危なげなところに首を突っ込んでいくのが好きだった。打ち合わせだと言われて尋ねていくと、火星から来たという自己啓発セミナーの主催者を紹介されたり、幻覚剤と思しき錠剤をラムネ菓子みたいにガリガリ噛んでいる、明らかにカタギではない人々の乱痴気騒ぎに無理やり参加させられそうになったこともあった。
そうか、今度は政治か・・・。
「駒潟くんを発起人として、『尊厳死を推し進める会』というのを結成しようと思うんだよ。道徳だとか建前だとかのせいで表立って発言はできないけれども、もうこの世とオサラバしたい人ってのは大勢いてね。割を食った団塊ジュニアは特に・・・」
つまり、票集めの人寄せパンダだ。
俺は眉間にしわを寄せた。文士から政治家に転身なんて、あまりにもベタすぎる。
貧乏時代の俺が頭の中で苦笑いするのがわかった。妙な話には近づかないで、人気作家のまま人生を全うしろと説得してくる。だが、生憎と俺は金の味を知ったばかりだった。
富を得た人間は、さらなる富を欲するようになるものだ。
マオさんを見るとさりげなく高価なものを身に着けている。地味そうなスーツや腕時計なのに、今の俺にはその価値が分かるようになっていた。
なるほど、国会議員ね。いいじゃないか。
しゃべり続けるマオさんを押しとどめ、俺はイニシアチブを取ろうと口を開く。
「いやぁ、しかし『尊厳死を推し進める会』は頂けませんな」
舐められたらいいように使われるだけだ。俺はお飾りではない。
「もうひとつ、洒脱にどうでしょう?『希死の会』というのは」
山分けする地位と、名誉と、金の取り分を増やすため、俺はこの怪しげな香具師どもを文才という己の土俵に引きずり込むことに決めた。
「死を希うと書いて、希死の会です」


コメント