
第1章 氷河期と革命軍
作:NYO
時世の追い風に乗って、希死の会は瞬く間に野党第一党へと伸し上がった。
人口のボリュームゾーンである団塊ジュニアを中心に支持者を増やし、安らかな末期を望む団塊世代もこれに迎合。マオさんの引き抜きに応じて、有力な野党議員も次々と我が党へ鞍替えした。
結党翌年の2033年には尊厳死法が成立。後に希死第一革命と呼ばれる政治的事件であり、世論の逆風にさらされた与党においては若手議員の造反が相次いだ。
2034年には尊厳死薬が薬事承認され、大量生産が始まった。近年まれに見る役所のスピーディな対応を見れば、どれほどの熱量で民衆が現世から離れることを望んだか、その雰囲気を推し量ることができるだろう。
『救世の毒薬』の俗称で呼ばれるようになった尊厳死薬は、全世界の道徳家たちの猛批判を受けて、各自治体に配布される前に回収されることとなった。内閣判断で配布延期となった毒薬は、大黒埠頭の倉庫群に使用期限が切れるまで『一時保管』される見込みだ。
そして、2035年2月、政府の欺瞞に怒り心頭した人々は立ち上がった。彼らの中核をなすのは氷河期世代と呼ばれた人々で、現在の社会構造では何をやっても救われない棄民たちだった。
世の中に波風を立てるくらいなら、大人しく死んでやろうと覚悟していた優しい彼らは死という希望すらも奪われたことで、ついに反乱の火の手を上げた。蜂起した群衆は数十万人に達し、救世の毒薬が保管されている大黒埠頭を目掛けて押し寄せた。
意外や整然と行われた進軍は、革命に投じた各地の自衛隊員が取り仕切っていた。当然のことながら、この蜂起には希死の会が介入しており、民衆の扇動から自衛隊員の動員までの青写真を描いたのは当代の天才にして宗教家である和尚だった。
社会不安が高まるとともに、陸自制服組を中心に広まった新興宗教コスモス・ウィル。その教祖である和尚は、尊厳死法の成立を機に多くの信者を率いて入党してきた。
社会的に報われない者に苦痛なき死を与えること――それを人類に対する善行であると説くコスモス・ウィルは、希死の会と多くの点で利害が一致している。これを優秀な資金源かつ票田とみなしたマオさんの判断で、吸収合併ともいえる党の規模拡大が実現した。
当時、与党を目指していた我々としては彼らの入党は歓迎すべきことだった。しかし、多くの信奉者を抱える和尚は、マオさんの率いる議員派閥と勢力を二分する党内の一大派閥を形成するに至り、今や革命軍の分裂を招きかねない危険な火種とも目されている。ちなみに、尊厳死薬の俗称『救世の毒薬』は和尚の考案したものだという噂もあるが、本人は認めていない。
さて、話を結党直後に戻そう。流行作家が初代党首に就任したことで話題となった希死の会は、次にキャッチコピーでも注目を浴びた。
終わらない氷河期
凍え続ける君へ
優しい死への門戸開放
こいつを冒頭に据えたCMが地上波とウェブでリリースされると、入党希望者のために用意していたサーバは間もなくパンクし、コールセンターの電話は鳴りやまなくなった。
キャッチを考えたのはもちろん俺だ。しかし、それが秀逸だったなんて言うつもりはさらさらない。こんな世の中に生きているくらいなら、死んでしまった方がましだと考える者がいかに多いかという証左だった。
名声を得れば富もついてくる。党の機関紙『旗幟』の売上もすさまじく、党首である俺の懐を大いに潤してくれた。
支援者とのパーティ、著名人やエスタブリッシュとの交流に明け暮れる日々。女にもモテた。実際、困るくらいモテた。俺の中で万能感が膨れ上がる。調子に乗るとは、まさにこの時の俺の状態を指し示す言葉だろう。
そして、俺は党大会で伝説の演説をぶつことになる。
「救世の毒薬が有権者に行きわたり、誰もが死にたいときに死ねる社会を実現させたら・・・もとより自殺も考えていた貧乏ライターのこの身だ・・・諸君らと逝くことをここに宣言しよう」
これが大失敗だった。現生に満足した人間に、死にたい気持ちなどあるはずもない。かつての耐貧生活で芽生えた小さな希死念慮など、舞い込んできた札束の山に紛れてどこに行ったかわからなくなってしまった。
気分というのは恐いもので、演壇に上がって同志諸君の熱い視線を浴びると、自分がロベスピエールだとか、ダントンだとか、本物の革命家にでもなった心地になる。
あの党大会のあと、死ぬほど後悔した。
救世の毒薬が行きわたったら、党員どもと逝く?
熱に浮かされて、とんでもないことを口走ってしまったらしい。
こんな三流ライターに、地位と金を与えてくれた支持者諸君には感謝している。だが、連中と一緒に死ぬのは御免こうむりたい。
現在の地位を維持するには、半永久的に革命ごっこを続けることが必要だった。
革命を潰えさせてはならない。さりとて成就させてもならない。
俺は裏で反革命勢力と手をつなぎ、革命が進展しないよう画策することにした。


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