団塊ノ絶滅、氷河期ノオワリ Episode.018

第三章 なにがしか大きなもの

作:NYO

 「むずかしいお話、終わった?」
 アケミが天幕に首を突っ込んで、こちらの様子をうかがっていた。
 あー、そうだ。俺には彼女がいた。愛人付きの金満生活より、売れない文士時代の貧乏生活のほうが良かったってのか?違うよな。
 俺はアケミを迎え入れて、ロレンスに酒を勧める。
 「いや、私はここで失礼します」とロレンス。
 「これからお楽しみというところ、失礼しました」
 なんだ、やっぱりバレてたのか。俺は苦笑いを浮かべる。
 ロレンスがパソコンをたたんで退出すると、アケミが寝台に腰を掛けた。
 「する?」
 「んー、そんな気分でもなくなっちまったな」
 俺は用意したグラスにウィスキーを注ぎ、レモンと炭酸を探して冷蔵庫を開く。
 「しかし、さすがに鋭いな」
 「なにが?」
 「ロレンスだよ。俺なら人様のウチに遊びに行って、そいつが直前に何をやってたかなんて絶対気付かない。まったく鋭いというか賢いというか・・・」
 「いやぁ・・・わりと誰でも気づくんじゃない?」
 アケミの視線は俺の股間へと降りてゆく。
 はは・・・ベタだな。
 俺は股間のチャックをジジッと引き上げる。ワイシャツのボタンも掛け違っていた。
 昭和のテレビコント出てくる絵に描いたようなうっかり者だ。こんな調子で、大藪晴彦の小説ばりの今の状況を生き抜けるのか・・・。
 アケミが笑ってくれたので、俺も一緒になって笑う。
 すると、少しだけ不安が和らぐような気がした。
 
 ビール工場に置いた本営に、前線から血まみれの兵が次々と運び込まれてくる。陸自は大黒町周囲の運河に架かったすべての橋梁を封鎖しており、川向うに迫った我ら革命軍との睨み合いが続いていた。
 床に横たえられて唸っている負傷者は、指揮官の制止も聞かずに飛び出していって狙い撃ちされた馬鹿どもだ。
 上海政府の国家承認は、革命軍の士気をいやが上にも盛り上げた。「救世の毒薬を取りにいかないなら、東に進軍して東京を陥落させればいい」みたいな短絡的な意見もチラホラ出始めており、過激な連中のなかには陰で総帥である俺を批判する者すらいるという。
 仕方ないから、マオさんに横浜発電所の奪取を命じ、俺も中央軍の一部を率いて鶴見軍管区へとやってきた。すべてはガス抜きのためだ。このまま何もせずにいたら、総帥だって裏切者として粛清されかねない。俺はオースギを殺した見えない勢力に怯えていた。
 後方に待機している総大将なんて、交戦中は暇なもんだ。この暇がいけない。時間があると、人間はいらないことを考える。周りで立ち働いてる兵士、彼らを指揮する将校、誰も彼もが俺を殺そうとしているように思えて怖くなった。
 革命軍を裏切っている者も、その裏切者を狙う者も、バックについている組織は巨大だとロレンスは言っていた。その目的が何なのかはわからない。革命の成否に利害の絡んでいる連中であることは間違いないのだろうが。台湾侵攻のことだって無関係じゃないかもしれないな。自衛隊の非公認スパイ組織と上海政府が裏で角突きあってるとか・・・。そんな中学生の妄想みたいなことまで実際に考え出してしまう。
 差し当たって怖いのは裏切者を消そうとしている連中だ。殺られる前に見つけ出してふん縛るか、さもなきゃ殺すしかない。暇に任せ、俺の脳はまた無意識に推理を始める。そして、オースギを殺すことができた者をピックアップし始めていた。

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