団塊ノ絶滅、氷河期ノオワリ Episode.011

第2章 総帥の栄光と不安

作:NYO

 はぁ・・・。
 ため息とともに、俺は寝床にダイブした。
 それじゃリラックスできないでしょ・・・と、アケミが軍服を脱がしにかかる。
 党中央委員会が終了し、自分の天幕にたどり着いた頃にはすでに日付が変わっていた。
 緊張感で忘れていた疲労が意識され、急速に眠気が襲ってくる。幹部たちの前では平気な顔をしていたが、人生で初めて殺人の容疑者にされたのは心理的に堪えた。
 このままじゃ、一生権力にしがみつかざるを得なくなるな。
 革命政府でも樹立して、終身大統領にでもならなきゃ俺はそのうち銃殺刑か縛り首にされかねない。革命軍が勝利し、日常が戻って、政権交代した瞬間に軍事政権時代の悪事がほじくり返される・・・なんてよく聞く話だ。
 やってもいない殺人で責められるなんて、冗談じゃない。そもそも、オースギの死に関しては自殺か他殺かも判然としないのだから。
 と・・・ここまで考えて、俺はまたため息を吐く。
 ふぅ・・・まあ落ち着け、駒潟よ。誰が犯人かなんて。そんなこたぁどうだっていいことじゃないか。俺を陥れたいやつは、白黒はっきりしない容疑だって強引に黒にしてくるだろうし、それなら俺だって犯人を強引に仕立て上げるぐらいせにゃならん。
 ただし、誰彼構わず罪に問うようならそいつは恐怖政治だ。恨みも買うし、それがもとで失脚する可能性だってある。
 できれば本当に疑わしいヤツに的を絞って排除すべきだ。公正ではありたいが、こちらも甘いことは言っていられない。犯人のターゲットが「裏切者」なら、俺だって裏切っているのだから。自分自身、いつ殺されるか分からないのだ。
 アケミが脱がした上着をハンガーにかけながらつぶやく。
 何か入ってるね・・・。
 内ポケットを探るアケミを見て、俺はハッと気づく。
 定期連絡の時間をオーバーしちまった。
 俺は上着を取り返すと、煙草を吸ってくると天幕の外に出た。
上着の内ポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。七里ヶ浜の老人と定期連絡をするための秘匿端末。オースギが持っていたのと同じモデルだ。俺もこいつを首にかけられて、テントの支柱に吊るされる日が来るのだろうか。
 トークアプリを開くと、すぐにメッセージが飛び込んできた。
 「お疲れ様です。定時になってもお見えにならないので心配していました」
 「何か不測の事態でも起こりましたか?」
 約束の時間前からアプリを開き、俺のアカウントがオンラインになるのをジッと待っていたんだろう。七里ヶ浜の老人は実に義理堅かった。厭世閣で会って以来、顔を合わせたことはなかったが、トークアプリを通じたやり取りだけでも彼の人徳は伝わってくる。
 俺は今日あったことを、包み隠さず老人に伝えた。
 「オースギさんのことは残念でした。彼の人柄を考えると、確かに他殺の可能性は捨てきれない。ですが、犯人捜しのようなことは避けるべきでしょう」
 老人は、年齢からは考えられない速度で返信してくる。ヘッドギアで思考を読み取って返信しているのだろうが、それにしても速い。カリスマの頭脳は齢百二十を超えても衰えていないようだ。
 「今は革命政府が成立するかどうかの大事な時期です。容疑者を粛清しても不安は消えない。むしろ、あなたに反感を抱く人々は増えてゆき、増大する不安を解消するために次々と粛清せざるを得なくなるでしょう。やがて人は離れ、軍も党も瓦解するは必定」
 「ここは、あなたの器を見せる時です。軽挙は控えて私の指示に従ってください」
 老人の指導に深く感謝し、俺はスマホの電源を切った。
 革命政府か・・・。
 老人は、横浜から川崎にかけての湾岸に氷河期を閉じ込めようとしていた。
 革命軍を大黒埠頭の対岸に釘付けにし、その一帯を支配地域とした軍事政権を樹立するのだ。その指導者として俺は終生権力を握り、革命政府を支援する諸外国からのマネーや敵産を売却した収益でお荷物の団塊ジュニアを食わせてゆくというのが老人の計画だ。
 俺と老人は裏で手をつないで戦線を膠着させる。やがて、年老いた氷河期たちは戦いに倦み、革命は骨抜きとなってゆく。そして、俺の死により国土は再統一される。
 確かに革命政権の樹立を目指すなら、今こそ最も大事な時期だろう。恐怖にかられて大量粛清などを始めたら、人心は俺から離れてゆく。老人の言う通り、犯人捜しは避けるべきなんだろうな。
 とはいえ暗殺は恐ろしい。俺は煙草を取り出して吹かした。ヒマになった脳は勝手に推理を始め、オースギを殺せそうな人々にあたりを付け始める。
 まず、ヤツの天幕に入って行ける者は限られていた。
 親衛隊の腹心か、セックスをするために招き入れた女か、自分と同格以上の党幹部だ。
 党幹部はオースギのことを嫌う者も多いし、ロレンスとシゲノブは無関心。私的にヤツを訪れたとしたら、派閥争いだとか党首に聞かれたくない謀議が目的に決まっている。
 オースギは、彼らを天幕に招き入れるだろうか。せっかくここまで忠義者を装ってきたのに?わざわざ俺に目をつけられるようなリスクを冒して?
 すると、やはり女か。
 オースギを恨む女なら掃いて捨てるほどいる。そして、ヤツの天幕に出入りした女は不特定かつ多数だ。
 親衛隊は、腹心の部下に限ってオースギの天幕を訪れることを許されていたようだが、ヤツを殺す動機がない。可能性がゼロではなかろうが、親衛隊はオースギに心酔する者の集まりだ。憧れの英雄を粛清するというのは考えにくい。しかも、パンツをひん剥いて。
 オースギは好色だが特定の愛人などは持たなかった。セックスにしたって、用が済んだ相手はすぐに追い払われることがしばしばだったようだ。
 うん、やっぱり他殺だとしたら女だな。
 しかし、そうなると容疑者を絞り込むのは難しい。科学的捜査でも可能なら、現場に残された指紋やらDNAやらで犯人を特定できるだろうが、この状況下では無理な話だ。
 これから先、俺は存在するかどうかもハッキリしない暗殺者に怯えながら生きていくのだろうか。地位や権力を掴んだ者の苦悩ってやつだな・・・。
 ともかくも、七里ヶ浜の老人だけがこの苦境を切り抜けるカギを握っていた。俺は手元の秘匿端末に手を合わせて電源を切る。電波通信を維持してくれている優しい政府、および総務官僚の方々に感謝だ。
 自衛隊は横浜発電所も押さえていたし、我々の占領地への送電を止めてしまうことだってできただろう。そうなれば、特に市街地は大混乱を免れない。
 しかし、二月蜂起の際に逃げられなかった人々は、我々の軍政下で今も暮らしていた。革命軍の兵士たちにしたって、わずか数ヶ月前には一般市民だった者たちだ。これが政情不安定の軍事国家とからなら、犠牲者が多く出そうな苛烈な鎮圧作戦もためらわなかっただろう。だが、ここは日本だ。体制側も反体制側も骨の髄まで平和に馴れきっている。
 政府も自衛隊も、民間人くずれの革命軍兵士を殺傷することに躊躇いがあり、こちらから作戦行動を起こさない限り本格的な攻撃を仕掛けてくることはなかった。時折揺さぶるように送電を止めてくることはあったが、当局と交渉することで何とかしのいできた。
 通信の安全は、技術オタクの和尚が開発したVPNを、全軍のスマホにインストールすることで確保している。
 すべての兵士のデバイスからSIMを没収し、ルータを搭載したドローンを飛ばして中継することで仮想的な専用線を構築して云々・・・和尚がしたり顔で説明していたが、俺の頭ではほとんど理解できなかった。まあ、今のところ致命的な情報漏洩が起こった試しはないし、政府側が積極的にクラックしてくる気配もない。呑気なものだ。
 要するに、敵味方ともに戦う気なんかないのだ。本格的な殺し合いに発展する前に、政治的な解決が図られることを誰もが願っていた。そして、消極的かつもっとも妥当な和平案が革命政府の樹立だ。この方法が、いちばん人が死ななくてすむのだから。
 天幕に戻ると、アケミが夜食を勧めてきた。彼女はシャワーを済ませ、オフィサー用の軍服を脱いでバスローブに着替えている。天水を利用した簡易型のシャワーブースの前には、俺のバスローブもかかっていた。
 あー、今夜もまた寝不足だな・・・などと下世話なことを考えつつ、この幸せを手放したくないと心の底から願う。もう二度と貧乏文士になど戻るものか。
 どうして独裁者たちが粛清を繰り返すのか、そのとき分かった気がした。一方、孤独と疑心暗鬼のなかで、殺戮を繰り返すだけの精神的な強さは俺にはない。
 革命政府が成立し、平時が戻る前に殺人者の汚名だけはどうにか雪げないかものか。
 「絶大な権力を握りながらも愛されたい」
 暖かい梅粥のレーションが甘やかした心に、死ぬほど都合のいい考えが浮かぶ。
 しかし、疲れ果てた俺の頭にはそれを嘲笑う余力も残されていなかった。

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